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まるでパンを食らうように

在宅ジャニオタ男子。ドドドドド新規。

男ジャニオタ3年、「副担当」ができました。

ジャニオタ生活4年目を目前に控え、俺は嵐の櫻井翔さんをいわゆる「副担当」に据えることにしました。ジャニオタ用語で「担当」とは最も好きなタレントのことを表します。「副担当にする」、というのは、要するに俺がジャニーズで二番目の男に櫻井さんを選んだということです。ちなみに「担当」こと一番目の男はV6の坂本昌行さんです。





Twitterなどで以前からフォローしてくださっている方はご存知かとは思いますが、俺はだいぶ前から櫻井さんと同じ嵐に所属するの松本潤さんを「松潤ちゃん」と呼び、ひたすらカワイイと愛でてきました。その中で、アイドル松本潤に長きに渡って大きな影響を与えてきた人物の存在に気づきました。それが櫻井翔さんです。そのへんについては今年の1月に強化月間をやったので割愛しますが、とにかく俺は「思春期の松潤ちゃんに影響した男」として櫻井翔を認識し直しました。嵐というとても有名なグループのメンバーである櫻井さんは、それだけでなくお友達が多く休日も活動的ないわゆるリア充で、とにかく俺にとって一番に興味を持ちたいアイドルではないはずでした。そもそも俺がジャニーズアイドルを好きでいる姿勢はわりとサブカル寄りというか、ありきたりでないものを好きな自分に酔うためにジャニーズファンをやっているようなところがあります。櫻井翔というド級にメジャーなアイドルは完全に興味の範疇ではなかったのです。
ところがどっこい、櫻井さんは知れば知るほどマイノリティーを突き進んで来たアイドル、いや、アイドルとしてだけでなく、一人の人間として誰も見たことがない荒れ地を切り開いていく人生を歩んで大人になってきた男でした。誰もが知っているはずの、「明るくて爽やかで勤勉な櫻井翔」は彼の一面にすぎず、その裏には荒々しくギラついた野心を燃やす一人の働く男がいました。「アラシゴト」のインタビューで、櫻井さんはこう語っています。

考えたらオレ、光GENJI大好きだったんだよ。ローラースケートはきてよくマネしてた。でもオレが育ったのはそういう世界を否定するような環境だったから。あこがれる一方で、「ああいう人にはなっちゃいけないんだ」みたいな意識もあったんだよね。でも実際に今、そのあこがれに手が届くところに立ってるんだって思ったら、もう気持ちをおさえられなかった。母親は反対しなかったよ。「やりたいようにしなさい」って。オヤジは基本は反対だったみたいだけど直接いってはこなかった。もちろん今はすごく応援してくれてるけど。

実は、俺は小学校までわりと櫻井さんと似た環境にいました。習い事で会う子は地元の学校へ通って泥だらけの体操服でランドセルを背負っているのに、自分はいつもすました半ズボンなんかはいている。どこにいてもよそ者のような気がしていました。いろいろ考えて、結果的に俺は中学受験という形で外の世界に出てみました。中学から入った学校で、俺は伸び伸びと自分らしくいられている気がします。エリートになりきれなかった、俺は挫折した人間なのかもしれない、というコンプレックスのような意識も、正直あります。エスカレーターの途中で飛び降りたことにまったく後悔がないとは言えませんが、この自分で選び自分の力で入学の切符をもぎ取った中高で過ごしたことが、いつか自信になると思いたいんです。
このインタビューを読んだ時、俺はその頃の、小学校の頃の自分を思い出しました。俺にとっての櫻井翔は、もしかしたらそうなっていたかもしれない自分を、理想的にカッコよくした姿なのです。ああ、この人は俺だ。そう思いました。本当におこがましいことです。けれど、櫻井さんと俺を繋ぐ「学校」は、俺にとっても櫻井さんにとっても、大きな存在で大切なものです。いろいろ理由はありますが、最終的に俺にとっての櫻井翔さんが「副担当」にまで上り詰めてきたのはそこだったのかもしれません。なんだか母校愛なんて気持ち悪い話になりますけども(笑)、自分とまったく違う育ち方をしている坂本さんを見て、それから櫻井さんを見て、そういう掛け持ちも面白いんじゃないかなと思います。ちなみに、その揺れてきた気持ちを最終的にダメ押ししてくれたのは2006年の嵐のコンサートDVDでの「COOL & SOUL」です。まだこのDVD見終わってないのに、6曲目でゾクゾクきてしまった。かっけえんだよ嵐。
そんな訳で、ジャニオタ生活3年弱、「副担当」ができました。これからどうなっていくのか自分でもわからない。